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近況 2009年1月


新年あけましておめでとうございます

 2009年 元旦

撮影:今駒清則      

本年もよろしくお願いいたします。


六甲山系とWTCコスモタワー 2009.1.1  撮影:今駒清則

 新しい年の始まりです。寒冷前線が来て冷たい雨が時々落ちてきたお正月です。大阪・南港に建つワールドトレードセンター(WTC)コスモタワーの向こうに見える六甲山系にも雨雲がかかっていました。橋下大阪府知事はこのビルを府庁舎にしようとヤッキのようですがどうなるでしょうか。南港は防災上から考えれば論外の場所ですから無理ではないでしょうか。今のままで行くのなら、大阪城の周囲に高層ビルを今以上建てることに大反対の私としては府庁舎を高層ビルにしないで今の庁舎へ耐震対策を施してそのまま使ってほしいと思っています。


渋滞で

2日、午後から豊田市へ。夕刻の新年会に向けて車を走らせましたが、亀山から四日市までの東名阪自動車道と国道1号線が大渋滞とのことで、昨年と同様に亀山から旧東海道沿いの道と名四国道で四日市を抜けて渋滞を迂回、みえ川越ICから伊勢湾岸自動車道へ衛星写真地図。ほとんど渋滞無く走れましたが、あの高速道路の渋滞に延々と並ぶ気持ちはどうもわかりません。それにしても新名神高速道路ができてから東名阪自動車道の渋滞が酷くなりました。以前は空いた道をノンビリと走れた高速道路だったのですが。


また渋滞で

挙母神社 2009.1.3  撮影:今駒清則

3日、朝、氏神さまの挙母神社へ初詣の後、墓参して大阪へ向かいます。昨日の逆コースで伊勢湾岸自動車道から東名阪自動車道へ。ところが伊勢詣の車でまたも四日市から鈴鹿まで渋滞の情報。渋滞に巻き込まれるのは嫌なので途中の四日市ICで降りて鈴鹿ICまで巡見街道を抜け道にして走ることにしました衛星写真地図

御在所山系と水沢の茶畑 2009.1.3  撮影:今駒清則

 巡見街道は幕府の見回り役・巡見使が通った道です(詳しくは菰野の街道今昔・巡見街道」)。一部にすれ違いができない細い道もありますが、途中の水沢(すいざわ)付近は御在所岳を背景に、「伊勢茶」の茶畑が一面に広がる景勝地があります(水沢茶農業協同組合ホームページ)。御在所の山々は昨夜からの雪で白く輝いていました。その先には椿大神社がありますのでちょっと参詣を、と街道をそれて神社に向かったのですが、ここも初詣の車列で大渋滞。神さまには申し訳ないのですが諦めて早々にUターン。鈴鹿ICから東名阪自動車道に入り渋滞無く大阪まで。

 夜半、雲の隙間に明るい流星が見えました。「しぶんぎ座流星群」です。雲が多く撮影は難しそうなので明日に空が晴れれば撮影をしましょう。


しぶんぎ座流星群

流星が無い!オリオン座付近の夜空 2009.1.5 01:48  撮影:今駒清則

4日、日曜日。雲が空を覆っているのでどうも流星を撮影するのは無理なようですが、それでも22時頃から午前2時頃まで雲の切間をねらって撮影してみましたが、残念なことに流星を写すことができませんでした。昨夜も雲が多かったので諦めたのですが、また来年を楽しみにしましょう。なお今年の三大流星群は

ペルセウス座流星群の極大が8月13日未明(8月12日夜)の2時30分頃で、月は弦月(半月)です。

ふたご座流星群の極大は12月14日9時-16時頃ですが、日中なので観測は12月13日深夜-14日明け方、及び14日21時-深夜が良いそうです。月は新月直前の有明月です。


暖かい日でした

動物雲 2009.1.5  撮影:今駒清則

5日、小寒ですが暖かい日でした。気温は10度ちょっとだったのですが、これを暖かいと思うのですから身体が寒さに慣れてきたのでしょう。

escする渡辺根 2009.1.5  撮影:今駒清則

 植え替えた胡蝶蘭の鉢から一本の根がエスケープしようとしています。いま話題の自民党・渡辺喜美元行革担当相の離党意向(asahi.com 09.1.5「渡辺元行革相離党へ」)にちなんで「渡辺根」と名付けました。自民党のことはわかりませんが鉢のコンディションはそう悪いとは思えないのですが・・・根性がありますね。これからどうなるのか見守りたいと思います。


ギャラリー巡り

黒い雲(兵庫県立美術館から) 2009.1.6  撮影:今駒清則

6日、朝一番に兵庫県立美術館の「静物画の秘密展」へ。ウイーン美術史美術館蔵の75点で、タイトル通り静物画を集めたものですが、これを4つに分類して解析しています。その内容の多くが17世紀前後のオーストリアやオランダなどの生活習慣や風習、信仰や伝説に基づいて描かれているようで、その辺りは私が疎いので図録を読み通し理解した上で再度行かないといけないようです。ただこれらの作品の時代は日本でいえば戦国時代から江戸中期頃に相当する時期ですので内容の東西の違いも楽しんできました。なお同時に「親子で楽しむ現代美術」と「東山嘉事作品展」も開催されており、学芸がよく工夫しておられることがわかります。

 その後大阪へ戻り、ヨドバシ梅田で壊れてしまった三脚のパーツを注文、海外からの取り寄せで2ヶ月ほどかかるとか。またついでにIR80の赤外フィルター(またテストします)や、ポータブルハードディスクなど購入。何かと物入りです。

 大阪ニコンサロンでは第33回伊奈信男賞受賞作品・平敷兼七展「山羊の肺 沖縄1968-2005年」でした。沖縄の歴史と暮らしを長年見続けた秀作で見ごたえがあります。同時開催は「関西スポーツ紙カメラマン写真展」で、報道スポーツ写真の選りすぐりです。知り尽くしたスポーツへの的確な視点に、デジタルカメラの進歩(主に高感度センサーによる高速連写)で以前には難しかった瞬間が捉えられるようになりました。

 続いてキヤノンギャラリー梅田で熊切圭介写真展「カオハガンからの便り」へ。南方の自然豊かな島の人間らしい暮らしにやさしい目を向けた作品で、作者の熊切氏が午後に来られるとのご案内をいただいていましたので氏と会場でしばらく懇談。続いて富士フィルムフォトサロン大阪の「JPS関西メンバーズ展」も行く予定でしたが時間切れ、またのことにします。今日は楽しく勉強できて良い一日でした。


日の出ごろ

金剛山の朝 2009.1.7  撮影:今駒清則

7日、今日辺りが最も遅い日の出になり、これから徐々に早くなってきます。日没が早いのは12月5日頃でしたので、日の入はすでに遅くなりつつあります。12月20日の冬至前後の昼間が最も短く、計算すると9時間50分でした。昼が最も長いのは今年の6月21日の夏至前後で14時間29分ですので、その差はなんと4時間39分もあることになります。


アロエ

アロエ(不夜城) 2008.5 .25  撮影:今駒清則

9日、急ぎの仕事でパソコンの前で缶詰状態、のところにまた急ぎの仕事が入りました。仕事をいただけるのはとてもありがたいことなので何とかすべくまた集中です。というところへさらに一週間先のことですがまた仕事をいただきました。それでさらに集中しなければなりません。で撮影に出られないときは空の写真ですが、このところの低気圧のせいでベタな雲ばかりで写真になりません。それでここの掲載が遅れそうなので以前に撮影したアロエの写真です。

 放射状で均等に伸びた不夜城というアロエで、写真は真上から見たところです。私が最も可愛がっているものですが、最近は直径が70cmを超えて場所をとるようになってきました。そこで子株を取って二代目をこれと同じような姿にすべくあれこれしているのですが、これほど揃った姿にならないので苦労しています。不夜城は根元付近から子株が沢山出るのものがあり、それを育てているのですが大小になったりあらぬ方だけに伸びたりでなかなかうまくいきません。子株を寄せ植えしたら、とも考えてしてみましたが、一株でこういう姿が美しいので止めました。

 この不夜城は食してもクセが少ないので鉢植えの株を以前に母へあげたのですが、葉を下から順番に取らないで根元からスッパリ切ってしまったようで、それでも残された子株がうまい塩梅に育っていたので貰ってきたものです。小さいときは良かったのですが、横へどんどん大きくなるこのアロエ。どうしたものでしょう。


荒れた日

生駒山にかかる雪雲 2009.1.10  撮影:今駒清則

10日、寒くて各地で荒れたお天気だったようです。十日えびすの日なので不況の折り寒くても各地のえびす神社は賑わっていることでしょう。大阪では一日中低い雲が東へ流れて、一時申し訳程度にミゾレが降りましたが山が白くなるほどではありませんでした。


寒い日でした

霧氷の金剛山 2009.1.11  撮影:今駒清則

11日、日曜日。今日は10度を大きく下回って寒く冷たい風の吹く一日でした。この冷え込みと昨日の雪雲で金剛山や和泉葛城山系は少し白くなっています。この辺りでは標高の高い金剛山のブナ林が霧氷で白く輝いているのが大阪からでも見えます。きっと高野山や吉野・大峰・大台も白くなっていることでしょう。今夜は満月で生駒山の端から見事な月が昇ってきました。


成人の日

朝焼けの比良山系(新幹線車窓) 2009.1.12  撮影:今駒清則

12日、今日も昨日以上の冷え込みです。雨、あられ、雪とバラエティ豊かに降った一日です。所用あって早暁から名古屋に出かけました。新幹線の車窓には大山崎付近から京都、近江はもちろんのこと、名古屋まで薄雪をいただいた風景が続き、琵琶湖の西にみえる比良山系衛星写真地図が朝日で輝いていました。

 今日は成人の日です。新成人になられたみなさまにお祝いを申しあげます。今日の冷え込みと同様に社会も冷え込んでいて厳しい出発の日になりました。でも厳しいことを経験しておけば多少のことでは動じなくなります。がんばりましょう。

 時節柄の話ですが、以前私が中国内蒙古の取材の時に、現地の写真家から「鄂倫春(オロンチョン・少数民族の町、衛星写真地図で零下40度位の冬の暮らしも撮影してみたらどうか」と誘われたことがことがあったのですが、その時は「とんでもない」とお断りしました。とても考えられない寒さでの話だったからです。ところがその後、カナダへスキーに行った時、寒気団のせいで冷え込んでいて、その零下40度位で滑走したことがあります。いつもは零下10度位までですが特別に寒い時にあたったのです。この寒さで現地の学校は休校になりました。あまりの寒さにホテルでスキーに行くかどうか迷ったのですが、行く人もいるようなのでこれも経験と思い出かけて滑りました。やはりとんでもない寒さでした。この詳しい話はまた別に書きたいと思いますが、それでも体験した甲斐はあり、その後寒さに対する考え方は一変しました。今は機会と体力さえあれば鄂倫春の冬取材をしてみたいと考えるようになっています。


薄明光線

天使の梯子 2009.1.14  撮影:今駒清則

14日、気温の低い日が続いています。大阪では日中が5度前後でしたが、最低気温が零下になることはありませんでした。数日こういう日が続くと身体が慣れてあまり寒いとは思わなくなっています。時々分厚い雪雲が往来して山沿へは雪を降らせているようですが街には降りません。どうも雪雲の通り道があるようです。その雲の隙間から光がこぼれて天使の梯子がかかっていました。気象的には薄明光線と言いますが、この光芒を天使の階段、レンブラント光線、ヤコブの梯子などの言い方もあるようです。大気中に水分が多いために光はチンダル現象で光芒となってドラマチックな空を演出してくれます。


飛行船

飛行船 2009.1.15  撮影:今駒清則

15日、朝、いつものツエッペリンNTが上空を通って海岸沿いに神戸から西へ飛行して行きました。関東での遊覧飛行を終えて鹿児島で整備に入るためのようです。依然として寒い日で、時々はぐれた雪雲が来てちょっとだけ雪を降らせ、夕方は零度近くまで冷え込んだ一日でした。

「読者の新聞写真」の都道府県代表に

冠水していても新聞は配達します 2008.9.5 16:33  撮影:今駒清則

 朝日新聞社から電話があり、昨年9月5日のゲリラ豪雨の時に撮影(上の写真)して朝日新聞に送稿し、16日に紙面に掲載された「冠水でも新聞配達」の写真(このウエブ・ギャラリーの「近況」の該当日のバックナンバーをご覧下さい)が2008年度「読者の新聞写真」の大阪府代表作品になったとの知らせがありました。2006年度にも雷光の写真(このウエブ・ギャラリーの「雑況」をご覧下さい)で大阪府代表作品になりましたのでこれで2回目です。「読者の新聞写真」は身近に見つけた出来事を撮影して新聞社にメールで送るだけのことなので誰でもできることです。それは写真のプロもアマもまったく関係ありません。対象を事件などでとおおげさに構えるのでなく、新聞というメディアで知らせる意味があるかどうかの判断さえあれば、私たちは新聞社のカメラマンより広範囲に、かつこまめに事物を見つめる機会が常にあるのですから、その気さえあれば良い作品が生まれてくることと思います。また新聞社もそういった作品を歓迎していますので、いつもカメラを持ち歩いて(今は携帯電話カメラもあることですから)撮ってみましょう。


スイセン

スイセン 2009.1.16  撮影:今駒清則

16日、このホームページのあちこちに誤字や文の推敲が足りないところがあるので少しずつ見直し作業をしているのですが、肩が凝ってきたので散歩がてらに車を海へ走らせました。目的は広い空の雲を撮影したかったのですがさほどの雲もなく、見渡すと海辺の公園に植えられたスイセンがほどよく咲いていました。淡路の水仙郷も見頃のようですから行ってみたいですね。


大震災から14年

神戸市下山手通2の被災したビル 1995.2.12  撮影:今駒清則

17日、阪神・淡路大震災から14年目を迎えました。各地で追悼の行事が捧げられているのが報道されています。地元の神戸新聞社は自身も被災し新聞発行が不可能だったのですが緊急時の相互支援協定を結んでいた京都新聞の協力を得て発行を続けました。そしてその後も熱心にこの大災害に対して日々細かく目を向けて報道を続けています。これは地元新聞として当然とはいえ、その継続する姿勢は称賛すべきものです。webでも神戸新聞の特集欄「阪神・淡路大震災」にまとめられていますのでぜひ読んでいただき、あの大災害が他人事でないことを知っていただきたいと思います。

 なお最近にSGラボからPCゲーム「D-Moment巨大地震編」が発売されました。大震災によって帰宅することが困難となってしまう帰宅困難者を想定、ゲーム上で地震発生から二次災害被災に至るまでの対処方法や、 地震に関するさまざまな実践的知識について学べるようになっているもので、ささやかながら背景画像に協力しています。(また私のweb Galleryにも被害状況を報告した「阪神大震災」があります。)


18日、日曜日。豊田市能楽堂の新春公演、「七草」井上八千代、「小鍛冶」片山清司の撮影。伝統芸能を継承する姉弟の競演でした。会場は満員。あいにく降り出した雨の中を運転して帰阪。で、ちょっと更新が遅れました。


金剛山

大阪側から見た金剛山全景 2007.8.24  撮影:今駒清則

19日、金剛山衛星写真地図の雪はかなり少なくなりましたがそれでも白くなっています。このガラクタのようなサイトですが、ご覧いただいている方から感想のメールをいただきました。その中で「金剛山は知らないのですが、このサイトでの写真を見る限りでは近くにある、あまり高い山ではないのではないか」という感じを持たれたようですので(夏山ですが)大阪側から見た金剛山の全景を掲載します。いつもは山頂だけを望遠レンズで切り取って掲載していますのでそう見えたものでしょう。上の写真の白枠がいつも掲載している部分です。写真では画面外ですが左に葛城山、白い塔はPL教団の大平和祈念塔、中央が金剛山、右へは和泉山脈が続きます。撮影地点から金剛山までは約25Km離れており、これは信州の松本市から常念岳を見るほどの距離です。金剛山は大阪と奈良を隔てる山で奈良側からも良く見えます。大阪付近では最も高い山(標高1,125m、大阪府の行政区域内の最高地点は1,056m)ですが、奈良県には八経ヶ岳(八剣山、1,915m)がありますので奈良県最高峰ではないのですが、奈良盆地から見える山では最も高い山です。詳しくは金剛山ホームページをご覧下さい。なお金剛山のライブカメラもあります。


中之島バラ園

工事中の中之島バラ園 2009.1.20  撮影:今駒清則

20日、大阪のビジネス街の中心にある中之島衛星写真地図は名前通りに川の中洲にあります。御堂筋の東側は市役所、府立中之島図書館、中央公会堂、東洋陶磁美術館があり、その辺りから緑豊かな公園になっています。この中之島公園は1891(明治24)年に造られ、東端付近はバラ園があります。現在は整備中で、以前のバラ園をすっかり撤去して新たに作り直しているところです。4月から開園のようで春の花には間に合って楽しめることでしょう。都心にあってもお昼休みや中之島まつりなどの時以外は意外に人出は少なく、のんびりとした時間を過せる所です。


高層ビル

大阪梅田付近のビル 2009.1.20  撮影:今駒清則

21日、寒の雨で撮影もままなりません。で、昨日撮影した大阪梅田付近衛星写真地図の高層ビル群の一部。左から「OSビル」18階建。「HEP FIVE」の赤い観覧車、106m、直径75m。「ピアスタワー」132m、28階建。「茶屋町アプローズタワー」161.10m、34階建。最近はアッという間に高層ビルができていて覚えるのが大変です。


水門会新年会

22日、午前中は青空ものぞいていたのですが、午後からしっかりと雨降り。夕方から「水門会」の新年会が奈良の奈良町であるので、その辺りの歴史写真散歩をしてから、と考えていたのですがそれは中止して会場へ直行することに。奈良までの電車は近鉄奈良線で終点までなので車中の読書に安心して集中。雨降りですが近鉄奈良駅から東向商店街と餅飯殿センター街はアーケードになっているので傘要らずで通り抜け。脇戸町からちょっとだけ傘をさして西新屋町の豆腐料理「こんどう」へ。付近には元興寺杉岡華邨書道美術館奈良町資料館などがあります地図。こだわりの豆腐料理をゆっくりいただき会員と懇談、私は下戸なのでお茶ばかりいただきます。ここは会員の近藤さんのお店ですので気兼ねなく美味しくいただきました。ということで珍しくお店の宣伝も少々。


また空の話

黄金の飛行機雲 2009.1.19  撮影:今駒清則

23日、雨は上がり少しお天気は回復してきましたが今夜から冷え込んで日本海側は雪になるとか。はぐれ雲が奈良にも雪を降らせると良いのになあ、というのは昨夜の水門会新年会での会員の話です。写真家としては数少ない機会の大和路の雪景色を期待するのは当然で、そうなってほしいですね。

 今日は国産ロケット「H2A」が宇宙航空研究開発機構・種子島宇宙センターから打上げられました(asahi.com)。東大阪の中小企業が集約して造り上げたSOHLAの「まいど1号」も搭載されて順調に稼働したようです。夢みたいな話から本当に実現したことに拍手。人工衛星は今は6,000基近くが飛んでいるようで、以前に人工の光がまったく無いモンゴル草原の夜では、いつも空のどこかに人工衛星が飛んでいるのが見えたことを思い出しました。都市部では見ることも不可能ですが、都市部から離れたところでは「まいど1号」も見えるかもしれません。写真は19日に撮影した日没直後の飛行機雲です。


寒い日

夕空の雪雲 2009.1.24  撮影:今駒清則

24日、撮影した写真データの整理をしている途中で、大和の農村歩きの時に現地で気になっていた道や水路など、不思議な所がわからずにそのままにしていた地図データがあり、整理を中断して謎解きを始めてしまいました。古地図や明治の地形図、現在の地形図、衛星写真を同寸にし、レイヤーで重ねて現地の写真とともに比較検討をします。お昼頃から夜までじっくりこれらを眺めているとおおよその歴史的経過がわかってきました。次はこの地形図や衛星写真を持参してこの推定が合っているかどうか確認に出かけることになります。

 今日の夕方は奈良の「若草山の山焼き」です。午前中は雪が舞っていましたので心配していたのですが、お昼頃から晴れてきたのでまず大丈夫でしょう。私は行かなかったのですが、気温が零度前後の寒い日ですから夕方の点火まで朝から場所取りのためにカメラを据えて待ち続けているカメラマンたちには厳しい一日です。大阪の夕焼け空に雪雲が流れてきました。


霰の降った日

25日、日曜日。京都の金剛定期能撮影の日。出かける時にあいにく雪が降りだし、傘をさして出たらパラパラと音がします。よく見ると霰(アラレ)です。京都は雪景色かなと思いましたがさほどのことはなく、愛宕山と比叡山だけが少し白くなっているだけでした。能は「鶴亀」金剛龍謹、「佐渡狐」茂山良暢、忠三郎、「野守」金剛永謹とご馳走でした。


寒さも少し和らいで

伊吹山(新幹線車窓) 2009.1.26  撮影:今駒清則

26日、また新幹線の車窓からです。近江路は日陰にわずか雪が残るばかりです。頂上がちょっと雲に隠れた伊吹山衛星写真地図も雪が少なく中腹にあるピステジャポン伊吹スキー場にも雪がありません。

富士川と富士山(新幹線車窓) 2009.1.26  撮影:今駒清則

 雪をいただいた冬の富士山はやはり美しいですね。鉄道写真家は富士川の堤防から富士山と新幹線富士川鉄橋衛星写真地図を渡る「のぞみ」を写すのが定番のようですが、こちらは富士川を渡る「のぞみ」車窓から富士山を写します。実はこれがなかなか難しく、と言うのは新幹線富士川鉄橋はトラス橋で、主構の三角形の鋼材が画面に入ってしまうのです。時速200kmを超える新幹線からこの車窓撮影にいつもトライしているのですがなかなかうまくいきません。ですが今回は成功。画面の白い工業用水の水管橋の向こうに東海道本線の富士川鉄橋があります。

品川インターシティ 2009.1.26  撮影:今駒清則

 品川のキヤノンギャラリーSへ。開催中の「高田誠三写真展・日本の風景遺産」です。氏の長年の集積の風景写真で、作者が最も好む上高地衛星写真地図)の美しい光景に圧倒されます。私も日本で最も美しい所は上高地と思っていますのでゆっくり楽しみました。このギャラリーでは開設以来自社の大判インクジェットプリンタで大サイズの作品をプリントして展示しています。今まで何度かここの写真展を見ているのですが、一見はきれいに見えるもののどうも調子が良くありません。初期に比べれば今回は少しは良くなっていますがそれでもどうもいけません。こういうプリントを一流メーカーが展示するものですから「やはりデジタル写真はだめだね」と言われてしまうのです。高田氏の作品はフィルムからのデジタルプリントですが、プリント技術者が印刷感覚で作成しているためではないかと思われます。どぎつい彩度とか、浅いガンマ、エッジを立てた輪郭など写真性を損ねているものが目立つのです。もしかしたら製版システムでスキャンニングしたデータでプリントしているのかもしれません。そうだとしたら優れたプリンタでも写真にはならないので、ここのプリントシステムを再考する必要があるのではないかと思います。


ギャラリー巡り

東京都写真美術館 2009.1.27  撮影:今駒清則

27日、昨日は月曜日だったものですからほとんどの美術館は休館でした。で、今日は朝から美術館巡り。まず恵比寿の東京都写真美術館へ。恵比寿ガーデンプレイス衛星写真地図&歴史地図にあります。恵比寿ガーデンプレイスは1980年代末までここにあったサッポロビール恵比寿工場の跡地を再開発して1994年に開業し、同時に東京都写真美術館もその南東に建てられたものです。東京都写真美術館自身は1990年にこの工場付近に仮施設として開館、「写真の日」の6月1日に「東京・都市の視線」が最初の展覧会です。以来写真・映像専門の美術館として日本の写真美術館の中心になっています。私も開館時の仮施設(ライブハウス跡利用?)時代から良く訪れている所です。

 今回は楽しみにしていた「甦る中山岩太〜モダニズムの光と影」と「柴田敏雄展・ランドスケープ」がお目当てです。中山岩太展は主に中山家の「中山岩太の会」の所蔵作品で、東京都写真美術館と兵庫県立美術館に寄託されているオリジナルプリント作品と、新たに原板からプリントされた作品で構成されています。中山は大正末にニューヨークで写真を学びスタジオを開設。世界大恐慌のあった1929(昭和4)年に芦屋にスタジオを構え(阪神大震災で倒壊)、神戸大丸の写真館の仕事と共に「芦屋カメラクラブ」で新しい時代の写真(「新興写真」と呼ばれている)の創作活動を行っています。作品は1915(大正4)年から1948(昭和23)年にわたる生涯の代表作が展示され、関西を中心に活躍したモダニズムの偉大な作家の姿がわかります。ただオリジナルプリントが半世紀を経て経年変化があることを考慮しても、今回新たにプリントされた作品はオリジナルプリントの雰囲気、特にハイライトの持ち方はかなり違っていて、いわゆる今風なプリントに仕上げてあり、かなり違和感を感じました。

 柴田敏雄展は造成地などに生まれた造形を精密描写で捉えた作品で、モノクロに加えて最近ではカラーでも制作をされています。柴田氏は「カラーでは現実感が出るがそれはそれでも良いと思っている」というコメントがありましたが、氏の制作姿勢がよくわかる言葉です。

 続いて「映像をめぐる冒険vol.1・イマジネーション 視覚と知覚を超える旅」、歴史的な影絵や幻燈、アナモルフォーズ、カメラ・オブスクラ、カメラ・ルシーダ、連続写真、及び現代の映像とインスタレーションで構成されて視覚芸術のメディアをやさしく解説していました。

竹橋と東京国立近代美術館 2009.1.27  撮影:今駒清則

 続いて東京国立近代美術館へ。「竹橋」の地下鉄を出るとすぐに竹橋(写真、衛星写真地図&歴史地図があり、竹橋の向こうは(一ツ橋家があった)一ツ橋から北の丸へ通ずる竹橋見附で、往時の竹橋御門の石垣があり、桝形があった辺りを過ぎた所に東京国立近代美術館があります。元は「砲筒御蔵」があった所で、美術館の前は紀伊国坂、平川濠を隔てて江戸城天守閣跡があるので本丸に最も近い所です。

 東京国立近代美術館では「高梨豊・フィールドノート」、「コラージュ・切断と再構築による創造」、「横山大観<生々流転>」、「近代日本の美術」と多彩な展覧会です。

 高梨氏の写真展は街と人を追い続けた集積、タイトルは「somethin' else 1950s-1960 」「オツカレサマ 1964」「東京人 1964-1965」「都市へ 1960s-1974」「町 1975-1977」「東京人 1978-1983」「新宿 / 都市のテキスト 1982-1983」「初國[はつくに] 1983-1992」「都の貌[みやこのかお] 1988-1989」「地名論 1994-2000」「NEXT 1988」「ノスタルジア 2002-2004」「WINDSCAPE 2001-2003」「囲市[かこいまち] 2004-2006」「silver passin' 2008-」。「プロボーグ」から40年、銀塩写真の終焉を実感しつつ作者は今も歩き続けているようです。

 「横山大観<生々流転>」は図録写真で断片を知るだけでしたが今回は全長40mにも及ぶ絵巻全巻を見ることができました。水が生まれて地表を流れ天に帰る、その間の水や見えない大気をどう表したか、さすが大家の大作、見とれました。

 「日本の近代美術」は館蔵品の展示ですが明治以後の作家の総覧です。あきれるほどの著名作家の展示で満腹しました。最近は現代美術ばかり見ていましたので、ある意味でホッとした展覧会でもあります。なお3F写真コーナーでは神谷俊美 「東京神話」の作品が、また2F「現代美術・1970年代以降」では杉本博司「日本海」「カリブ海」、鈴木崇「Altus 001」「Altus 003」の写真作品が展示されています。

 「コラージュ」を駆け足で見て閉館時間。私だけが取り残され美術館の皆さんに見送られて館を後にしました。


飛行機雲

赤い飛行機雲 2009.1.28  撮影:今駒清則

28日、日没後の飛行機雲は隠れてしまった夕陽に映えてそれだけが赤くなっています。


報道写真集

「朝日新聞 報道写真集 2009」

29日、朝日新聞社から「朝日新聞 報道写真集2009」を送っていただきました。この「近況」でも度々触れているのですが、朝日新聞社へ読者が撮影して送った報道写真が3,000点あったそうですが、その内から60点を選んでこの年鑑に収録しています。そこに私が送った写真2点が掲載されているためです。一つは2008年5月14日に撮影した「走る稲妻」、もう一つは2008年9月5日に撮影した「「冠水でも新聞配達」です。その写真はこの「近況」のバックナンバーでご覧下さい。


残された枝

残された枝 2009.1.27  撮影:今駒清則

30日、遊歩道で見かけた木の枝。フェンスの隙間へも枝を伸ばして大きくなったのですが切り取られてしまったのでしょう。枝はフェンスの針金を広げるのでなく自身へ食込ませて大きくなっています。


低気圧

黎明の生駒山 2009.1.31  撮影:今駒清則

31日、もう1月も終わってしまいます。本当に時間が過ぎるのが速いですね。昨日から低気圧が通りすぎて各地で荒れたようですが、大阪は雨がやさしく降った程度ででした。このところ暖かでしたし湿度もほどほどですごしやすい数日です。金剛山ホームページにある「積雪情報」に毎日金剛山葛木神社の方や登山の方が山頂付近のコンディションを書き込んでおられます。そのデータをお借りしてこの10日間を表にしてみると寒暖の違いがよくわかります。

金剛山頂の気温
月日 時間 気温 度C 積雪 霧氷
1月22日 07:00     +1 ×
1月23日 07:00     +1 ×
1月24日 06:00 -7    
1月25日 07:00 -6     ×
1月26日 07:00 -4     ×
1月27日 07:00 -3     ×
1月28日 07:00 -4     ×
1月29日 07:00   0   ×
1月30日 07:00     +4 × ×
1月31日 09:00     +3 × ×

 今日は一日中金剛山の上部は雲に隠れて山頂が見えませんでした。先の「積雪情報」によれば午後からその雲で少し雪が降っていたようです。明日からまた寒くなるとか。この時期「三寒四温」と言いますが、大陸ではかなり規則正しくそうなるようですが、海に囲まれているせいで日本では「○寒○温」と不規則になってしまいます。

雲に隠れた金剛山頂 2009.1.31  撮影:今駒清則


08年12月 09年1月 2月