阪神・淡路大震災の写真記録 震災の街 3 今駒清則のお知らせページ HOME

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震災の街 3
1995〜2001

 昔からの住宅地は道が狭く、それはそれなりに風情もあり住民のコミニュケーションも密で暮らしやすいのですが、防災上では問題があります。建築基準法では原則として前面道路の道路中心から2mのセットバックがないと建築できません。従って狭い道路に面していた住宅が建替える場合に家が小さくなります。

 阪神・淡路大震災ではこれを機にさまざまな復興のための区画整理や都市計画がなされ、セットバックや換地がなされ、道路が広がり公園が造られました。それで所によっては震災前の風景の名残もない所も随分できました。ただ一方で、現代都市に組み込まれてしまったかっての農村地区の伝統的、歴史的景観がこの建築基準法にはそぐわない部分があります。すべてが区画整理されて心癒される景観が失われていくことの兼ね合いも考えておかねばならないことだろうと思います。(2007.1.13記)

芦屋市の小路
1995.4 ↓

 電柱の左の住宅と右の住宅との間には幅約2mの小路がありましたが、この付近の木造2階建住宅の倒壊で半分に狭まったり(写真右)、倒壊した木造2階建住宅に埋もれて道を失い住民たちの脱出の障害となりました。

反対側から見た小路


1995.5 →

 倒壊した住宅の解体が始まりました。

1995.9 →

 解体が終わり、電柱の左にある道路が姿を現しました。この付近では中央に見える白い2階建住宅ただ一軒を残してすべて解体され、更地が広がっています。


2000.1 →

 まだ更地が続いていますが、少しづつ建物が建てられてきました。

2001・2

 電柱の左側の小路と住宅の跡は広い道路になり、左端の住宅跡には公営住宅が建設されて町並みが整ってきました。

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