阪神・淡路大震災の写真記録 震災の街 2 今駒清則のお知らせページ HOME

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震災の街 2
1995〜2006

 典型的な木造2階建アパートの被害とその後です。阪神・淡路大震災ではこのようなアパートや文化住宅など終戦後に建てられた集合住宅は耐震性が無かったため多大な被害を受けています。(2007.1.11記)

芦屋市の木造アパート
1995.2 →

 左の木造2階建ての住宅と、その奥にある木造2階建てアパートの2棟ではすべて1階が崩壊しました。
 この写真だけでも左の住宅の主婦、アパートの1階に住んでいた若い夫婦と3歳の男児の家族、また同じく若い夫婦と6歳の男児の家族の3所帯7人が下敷きになって亡くなられましたが、その家族の1歳の男児だけが奇跡的に無事救出されています。
 また被災地のどこにでも見られた風景ですが、このアパートの窓にも居住者の消息が書かれた紙がつけられています。

1995.4 →

 倒壊した木造2階建てアパート2棟の周辺が解体撤去されて更地になると、その惨状がわかるようになりました。1階部分がまるで無いように押し潰されていて平屋のように見えます。これで助かった方々がおられるとは信じられない状況です。


1996.1 →

 大震災から1年目のお正月。被害が大きかったこの辺りの住宅には松飾りもほとんど無く、一面に続く更地にはお供えがあちこちに目立ち、ほんの少しですが住宅の再建が始まっていました。

2006.8

 更地は10年ほど青空駐車場となっていましたが、最近にマンションが建てられ、新しい町並みに姿を変えています。

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